2015.05.07
ばっぱの「ぼたもち」
昭和40年代
誕生日というとバースデーケーキやプレゼントが用意され、お友達を誕生日会に呼んだりすることが気仙沼でも浸透しつつあった頃と思います
母に、私の誕生日はどうずるの?
と聞いたら
「誕生日はプレゼントもらう日でない
ここまで元気で生きてきて、あだりほどりに、ありがとうってお礼を言う日だがら」
小学生の私はがーーーん 泣きそうになり、
友達の家のおしゃれな誕生会がうらまやしいばかりで、母が恨めしかった。
それ以来 誕生日というと、周囲にお礼を言う日なんだと、頭から離れなくなりました
50歳も過ぎて、改めて考えると当時の母は、おっかないお姑さんもいたし、私の誕生日は特に家の仕事も一番忙しい時期だし、子供の誕生会どころではなかったに違いない。
それに、家族の誕生日には必ずちらし寿司とか、ぼたもちとか、母が家の中で用意できるものが食卓にあがり、私のイメージする、誕生日会とは程遠いもののお祝いは必ずしてもらっていたことを思いだしました。
ばっぱの「ちらし寿司」と「ぼたもち」はまさにハレの日の料理で、
特に ぼたもちは次々と進化していて、あのころから比べると格段においしいし、姿かたちも良くなり、
家族だけでなく親戚にも配ることになりました。
震災の直後も、小豆があったからぜひ食べたいと親戚に請われ、電気もガスも無いため反射式の石油ストーブの上に鍋をかけ3日かかってぼたもちを作りみんなに配って喜ばれました。
5月はばっぱの誕生日 周りにありがとうっていう日ですから、ぼたもちを作って、
みんなに配ることと思います。